東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)68号 判決 1972年2月28日
東京都台東区元浅草二丁目八番一一号
原告
朴尚根
右訴訟代理人
弁護士
松山正
古波倉正偉
右訴訟復代理人
弁護士
有賀功
東京都台東区東上野五丁目五番一五号
被告
下谷税務署長
知久好郎
右指定代理人
仙波英躬
古谷栄吉
庄子実
右当事者間の所得税更正決定処分取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の申立て
(原告)
「被告が原告に対し昭和四〇年九月二一日付で原告の昭和三九年分所得税についてした更正処分は所得金額一一〇万円をこえる限度においてこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
(被告)
主文と同旨の判決
第二原告主張の請求原因
原告は、衣類の小売販売業のほか、上野六丁目一二番の五においてスナツクバー「ハレム」を、また、神田鍛冶町二丁目七番地においてバー「洋酒天国」をそれぞれ経営していたものであるが、昭和三九年分の所得税につき所得金額一一〇万円、税額五万一〇〇円と確定申告したところ、被告は、昭和四〇年九月二一日、右所得金額を三二九万七、七八九円、税額を六九万、三、八八〇円と更正するとともに、三万二、一五〇円の過少申告加算税の賦課決定をした。
しかし、本件更正処分は、左記のような理由によつて取り消されるべきである。すなわち、
(一) 本件更正処分は、被告が日韓条約成立以来朝鮮民主主義人民共和国系である在日期鮮人台東商工会に対する態度を一変し、原告を含む一九名の会員に対して集中的に、しかも、巨額の課税を行なつていることからみても明らかなように、専ら構成員に経済的苦痛を与えることによつて同会の組織を破壊することのみを目的としてなされたものであつて、課税処分としては、その実体を備えていない故に不存在であるというべきである。
(二) 仮りに然らずとしても、本件更正処分は、推計によつたものであるが、(1)被告援用に係る別紙一表記載の売上金額算出の根拠が、本件更正処分をするについて使用されたものではなく本訴においてはじめて主張されたものであるから、本件更正処分を維持する理由とはなり得ないこと、しかも、本件更正処分にあたり被告が単に銀行調査を実施したにすぎず、また、処分理由も明示しなかつたことからみて、客観的な調査資料に基づくことなく、全く被告の恣意に出たものであるというほかなく、(2)推計の方法にしても、被告は、別紙一表(一)記載の仕入商品の全数量が記載の採取杯数で顧客に販売されたものとして酒類等の売上金額を算出しているが、(イ)原告の店舗では立地条件が悪いため、別紙三表(一)記載のごとく、年に五、六回「桜まつり」、「浴衣まつり」、「紅葉まつり」等飲み放題、食い放題の懸賞付き無料サービスや午後八時半までの半額サービスを行ない、また、水商売につきものの上客や暴力団員等に対する持て成しにも仕入商品の相当部分を費消し、その金額は、二三八万九、八〇〇円の多きに達しているのみならず、(ロ)別紙一表(一)記載の洋酒一本当り採取杯数および同表(二)記載のカルピス一本当り採取杯数は、著しく実情を無視したものであつて、別紙三表(二)および(三)記載のごとく、たとえば、ジン、サントリー(白角とも)は二〇杯、トリスは一八杯、カルピスは一二杯が限度であり、その採取杯数の違いによる各売上金額の誤差は、酒類にあつては四三万九、六一〇円、ジュース類にあつては一三万六、〇〇〇円となり、(ハ)さらに、別紙一表(三)記載のつまみの三日間における売上金額は、その期間があたかも年末ボーナスの時期に当るため年間を通じて最も高いものであるから、それを基礎として算出された差益率の加重平均値四・七六も高きに失し、これを業界における一般的差益率三・〇に引き直せば、差益率の違いによるつまみの売上金額の誤認は、別紙三表(四)記載のとおり三九万四、六三〇円となる。したがつて、本件更正処分における所得金額三二九万七、七八九円から右(イ)ないし(ハ)の所掲の金額合計三三六万四〇円を控除した欠損六万二、二五一円が原告の昭和三九年分の正当な所得金額であるが、原告は、冒頭記載のごとく所得金額を一一〇万円とした確定申告を行なつているので、右申告額をこえる限度において、本件更正処分の取消しを求める。
第三被告の答弁
原告主張の請求原因事実中、その主張のような経緯により本件更正処分がなされたことは認めるが、その余の主張事実は否認する。
(一) 被告は、原告が在日朝鮮人台東商工会の会員であるかどうかということは全く無関係に、後記のごとき理由によつて原告を税務調査の対象に選定したのであり、また、原告を除く同会会員一八名に対する更正処分が本件更正処分より二年後になされていることに徴しても明らかなように、本件更正処分は、原告主張のごとく原告の所属する在日朝鮮人台東商工会の組織を破壊することを目的としてなされたものでなく、所得税法上の課税処分であることはいうまでもない。
(二) 本件更正処分は、推計によつたものであるが、その推計を行なわざるを得なかつた理由は、原告がいわゆる白色申告者であるところ、昭和三九年中にバー「洋酒天国」を新規に開業して店舗数の増加をみたにもかかわらず、同年分の所得税の確定申告額が前年分よりも過少であつたので、被告の所部職員において昭和四〇年六月二三日と翌二四日の二日にわたり臨場調査を行なつたが、正規の帳簿書類や原始記録の保存はなく、ただ記憶に基づいて作成されたものとおぼしき収支明細表の提出があつたのみで、所得の実額計算をすることが不可能であつたことによるものである。そこで、被告は、原告の取引先である株式会社東京スポーツマンおよび佐々木酒店のほか北海道拓殖銀行上野支店および同和信用組合について反面調査を実施し、これら調査の結果を勘案して、酒類、ジュース類、つまみの各売上以外の勘定科目の金額について原告の申立てをすべて正当であるとして是認し、酒類、ジュース類およびつまみの売上金額は、その各仕入金額に差益率を乗じて算出し、本件更正処分をなすに至つたのである。
いま、東京国税局長が審査裁決に当つて採用した所得推計の方法を紹介すれば、同局長は酒類およびジュース類につき、別紙一表(一)および同表(二)記載のごとく、原告の申立てに係る仕入金額を基礎として年間仕入本数を算し、これに一本当り採取杯数と一杯当り売価を乗じて酒類の売上金額二、五〇八万二、八八二円、ジュース類の売上金額三九万六、五〇〇円を算出し、また、つまみ(調味料を含む。以下同じ。)については、同表(三)記載のごとく、たまたま保存されていた昭和四〇年一二月一四日から同月一六日までの伝票に基づいて売上金額の仕入金額に対する差益率を出してみたところ、「ハレム」と「洋酒天国」とでは違つているので、両者の加重平均値を求め、これを原告の申立てに係る年間仕入金額に乗じて、その年間売上金額一、〇六七万二、九六七円を算出し、右酒類、ジュース類、つまみの各売上金額に原告申立てに係る衣類売上金額八二五万円を加算した四、四四〇万二、三四九円をもつて総売上金額とし、それから仕入金額二、〇八五万二、七四四円、必要経費二、〇〇一万二、八三五円および店内装飾設備等の減価償却費九万七、七四〇円を控除し、また、これに貸電話収入六万四、八〇〇円を加算して得た三五〇万三、八三〇円をもつて所得金額と認定した。もつとも、東京国税局長の右計算には、別紙二表記載のごとく、酒類およびジュース類の年間売上金額に位取りや積算の誤りがあつたので、これを修正すると、全売上金額は、四、五五一万九、九二七円、所得金額は四六二万一、四〇八円となる。それ故本件更正処分における所得金額三二九万七、七八九円は、右金額を下回るので、正当であるというべきである。
右の推計について、原告は、まず、それが客観的な審査資料に基づくことなく、全く被告の恣意に出たものであると主張する。しかし被告が本件更正処分をなすに当り相当の調査をしたことは、前叙のとおりであり、そのうち銀行調査の点は、原告の認めて争わないところである。また、更正処分取消訴訟の訴訟物は課税標準の存否であるから、その存在を立証する資料であれば訴訟になつてからでも新たに提出し得るものというべきである。(1)次に、原告は推計の計算方法も攻撃するけれども、(イ)若し原告主張のとおり顧客等へのサービスが行なわれたとすれば、清酒については仕入数量の約三三パーセント、ビール、ウイスキーについては各仕入数量の一六パーセントが無料又は半額で提供されたこととなり、しかも、右のサービスが実際に行なわれたのは「ハレム」においてだけで、「洋酒天国」では行なわれていなかつたのであるから、その割合は、清酒については九四・七パーセント、ビールについては二八・六パーセント、ウイスキーについては三〇・五パーセントという驚くべき数字となるので、原告の前記主張は、極めて不合理なものというべきである。仮りに、水商売の経営には顧客等へのサービスに費消されて売上金額と結び付かないいわゆる欠減を見込むべきであるとしても、その程度は、仕入数量の一・〇パーセント内にとどまるので、原告の両店舗における売上の減少額は別紙四表記載のごとく合計二〇万二、二五〇円にとどまり、本件更正処分の効力には何らの影響をも及ぼすものではない。(ロ)また、原告の両店舗では、一般のバー等におけると同様に、一液量オンス(二八・四一六ミリリツトル)のメジヤーカツプを使用しており、洋酒一本当りの容量は通常七二〇ミリリツトルであるから一本当りの容量を一液量オンスで除算すると、一本から採取し得る杯数は二五・三杯となり、計り洩れによる欠減を見込んでも、最低二四杯は採取可能である。そして、このことは、業界精通者も認めるところである。もつとも、別紙一表(一)記載の杯数は、洋酒の種類によつて必ずしも同一でなく、「ハレム」と「洋酒天国」とでも異なつているが、いずれも二四杯以下であるから、原告に有利な数字であるというべきである。また、カルピスの一本当り採取杯数にしても、カルピスの飲料としての適正混和率はカルピス一に対して、水五とされているので、右の混和率によりグラス一杯(一八〇ミリリツトル)当りのカルピス使用量を計算すると三〇ミリリツトルとなり、これでカルピス一本の容量六三三ミリリツトルを除した二一・一杯が採取可能杯数であるが、別紙一表(二)記載のカルピス一本当りの採取杯数は、右の数字を下回るから、これまた原告に有利な数字であるというべきである。(ハ)原告は、さらに、つまみの差益率加重平均値四・七六が高きに失するように主張するがその算出根拠となつた三日間の売上金額の一品当りの売上単価は、原告の店舗内に掲示されていた価格表とも一致し、その価格表が相当期間改正された事実のないことからみても、また、業界では、つまみの差益率が五・〇とされていることに徴しても、原告の右主張の理由のないこと明らかである。
第四証拠関係
(原告)
甲第一号証の一ないし九、第二、第三号証の各一ないし五、第四号証の一ないし七、第五号証のないし五、第六号証の一ないし四、第七、第八号証の各一ないし五、第九、第一〇号証の各一ないし三、第一一号証の一ないし三、第一一号証の五、第一二号証の一ないし五、第一三号証の一ないし三、第一四号証の一ないし五、第一五号証、第一六号証の一、、二を提出、証人金益三、兪根、梁化珍、秋本昇の各証言および原告本人第一(二回)尋問の結果を援用、乙第八、第九号証の成立は不知その余の乙号各証の成立は認めると陳述。
(被告)
乙第一ないし第九号証を提出、証人外山一弘、鳴海貞蔵の各証言を援用、甲第一号証の一ないし九の成立は不知、その余の甲号各証の成立は認めると陳述。
理由
本件更正処分が原告主張のごとき経緯によつて行なわれたことは、当事者間に争いがない。
(一) ところで、更正処分は、申告納税方式をとる租税について、納税者から納税申告書の提出があつたことを条件として、税務署長の行なう租税債権債務確定のための行政処分であるが、本件において、原告が所得税確定申告書を提出したところ、被告が右申告書に記載された所得金額が被告の調査したところと異なるものとして本件更正処分をなすに至つたことは、さきに課税の経緯として認定したところであり、また、被告が所轄税務署長として本件更正処分をなし得る権限を有していたことは、当裁判所に顕著な事実であるから、本件更正処分は特段の事情のない限り、行政処分として成立しているものというべきである。そして、原告主張のごとく、仮りに被告が日韓条約成立以来朝鮮民主主義人民共和国系である在日朝鮮人台東商工会に対する態度を一変し、原告を含む一九名の会員に対して集中的に、しかも、巨額の課税を行なつたことがあるとしても、かかる事実をもつて直ちに本件更正処分が専ら同会の組織を破壊することのみを目的としてなされたものと認め得ないのはもとより、本件更正処分が課税処分としての実体を欠いていることを疑わしめる資料とはなし難く、他に本件更正処分を不存在たらしめる右特段の事情については、主張・立証がない。それ故、本件更正処分が課税処分としてその実体を備えていない故に不存在であるとする原告の主張は、所詮、採用の限りでないというべきである。
(二) 次に、本件更正処分の効力について判断する。
(1) 本件更正処分が推許によつたものであることは、当事者間に争いがないが、およそ、更正処分は、それが推計による場合であつても、税務署長の調査の結果に基づいてのみなし得るものと解すべきところ、被告が本件更正処分をなすにあたり銀行調査を実施したことは、原告の自認するところであるばかりでなく、証人外山一弘の証言によれば、被告は原告自認のごとく北海道拓殖銀行上野支店と同和信用組合神田支店について銀行調査を実施したほか、仕入先たる佐々木酒店等についても反面調査を行ない、原告の説明を徴したうえで、酒類、ジュース類つまみの各売上以外の勘定科目の金額については、原告の申立てをすべて正当であるとして是認し、酒類、ジュース類およびつまみの売上金額は、原告の申立てに係る各仕入金額に差益率を乗じて算出したことが認められ、右認定の妨げとなる証拠はない。したがつて、本件更正処分が何らの調査もなしに行なわれたものであるといい得ないことは明らかであつて、たとえ被告が売上金額の算出に当つて採用した差益率が被告の調査によつたものではないとしても、法が実額課税の不可能な場合に推計課税をなし得ることを認めている以上、右差益率の合理性の点は格別、かかる差益率を採用したこと自体をもつて本件更正処分が客観的な調査資料に基づかない課税処分であると論難することは、当らないものというべきである。さらに、前叙のごとく、調査の結果に基づかない更正処分が違法であるとはいえ、このことと更正処分取消しの訴えにおいていわゆる理由の差替えが許されるかどうかということは、自ら別異の問題であり、また、いわゆる白色申告者(原告がこれに該当することは、原告の明らかに争わないところである。)に対する更正処分の通知書には更正の理由を付記すべき法的義務はないのであるから、被告が本訴において主張する処分理由が処分当時のそれと異なるとか、本件更正処分の通知書に理由が明示されていなかつたということから、直ちに、本件更正処分が全く被告の恣意に出たものと論難することも許されない。
それ故、本件更正処分が調査の結果に基づかないでなされたものであるとする原告の主張は、その理由がないこと明らかである。
(2) 原告は、さらに、別紙一表記載の売上金額算出の根拠が、前叙のごとく、本件更正処分をするについて使用されたものではなく、本訴においてはじめて主張されるに至つたものであるから、本件更正処分を維持する理由とはなり得ないように主張する。しかし課税処分の際には考慮されなかつた事実であつても、処分の取消訴訟において処分を維持する理由として新たに主張し得ることは、最高裁判所の判例とするところである(昭和三六年一二月一日第二小法廷判決、裁判集民事五七号一七頁昭和四二年九月一二日第三小法廷判決、裁判集民事八八号三八七頁参照)から、原告の右主張もまた理由がないものというべきである。
そこで、以下、別紙一表記載の売上金額算出根拠の合理性の有無について検討することとする。
酒類、ジュース類について、同表(一)および同(二)の「年間仕入本数」欄記載の本数は、原告の申立てに係る各仕入金額を基礎として割り出したものであること、証人外山一弘の証言によつて明らかであり、右表各「一杯当り売価」欄記載の金額は、原告の明らかに争わないところであり、また、つまみ(調味料を含む、以下同じ。)については、前掲外山一弘の証言によれば、同表(三)記載の三日間の各仕入金額および売上金額は、たまたま原告の保存していた昭和四〇年一二月一四日から同月一六日までの伝票に記載されていた各金額を集計したものであり、年間仕入金額は、原告の申立てによるものであることを認めることができ、これら認定の妨げとなる証拠はない。そして、酒類およびジュース類については、右表(一)および(二)記載のごとく年間仕入本数に一本当り採取杯数と売価を乗じ、また、つまみについては、右表(三)記載のごとく、三日間の仕入金額と売上金額から差益率を算出すると、「ハレム」と「洋酒天国」とではその率が違うところから、差益率の加重平均値を求め、年間総仕入金額にこれを乗じてそれぞれの売上金額を算出し、これら売上金の合計額に前叙のごとき原告の申立に係る酒類、ジュース類およびつまみの各売上以外の勘定科目の金額をそれぞれ加算又は減算する方法によつて原告の昭和三九年分所得金額を算出すると、被告主張のごとく、本件更正処分におけるそれを一三二万三、六一九円上回る四六二万一、四〇八円となること計数上明らかである。
(イ) 原告は、前記「年間仕入本数」欄記載の仕入商品の全数量が顧客に販売されるわけではなく、別紙三表(一)記載のごとき各種サービスが行なわれ、それに費消される酒類だけでも年間二三八万九、八〇〇円に達するので、この金額を売上金額から控除すべきであると主張する。そして、原告提出に係る甲第一号証の一ないし九および原告本人尋問(但し、第一、二回)の結果によれば、「ハレム」と「洋酒天国」の両店において、原告主張のごとき態様の各種サービスが行なわれていたことを認めることができる。しかし、これらのサービスに費消された酒類の数量の点については、原告引用に係る別紙三表(一)の記載に従えば、清酒については仕入数量の約三三パーセント、ビール、ウイスキーについては各仕入数量の一六パーセントに達すること計数上明らかであるが、同表は、原告が本訴提起後記憶に基づいて作成したものであること原告本人の自供(但し、第一回)するところであり、その記載の裏付けとなる原始記録等の客観的資料が存在していないこと、また、証人鳴海貞蔵の証言によつて真正に成立したものと認める乙第一九号証と右証言によれば、バー等のいわゆる水商売にあつて、顧客への無料サービス等に費消されるものを含めて、仕入商品で売上げに結びつかないいわゆる欠減の発生する率は、せいぜい全仕入商品の一パーセントにとどまるのが業界の常識となつていることが認められ、これらの認定事実に照合すれば、同表記載の数量は、そのまま、これを是認することができず、右認定に牴触する証人秋山昇の証言および原告本人尋問(但し、第一、二回)の結果は、前掲各証拠に照らしてたやすく措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
されば、原告の右(イ)の主張は、前記認定に係る酒類売上金額の一パーセントに当る二五万八、九四五円の限度においてのみ理由があるものというべきである。
(ロ) また、原告は、別紙一表(一)記載の採取杯数が著しく実情を無視したものであつて、洋酒については、別紙三表(二)記載のごとく、トリスは一八杯、その他の洋酒はすべて二〇杯、カルピスについては、同表(三)記載のごとく一二杯が限度であると主張する。
しかし、いずれも成立に争いのない乙第一、第二号証および証人外山一弘の証言によれば、洋酒については一般に一液量オンス(二八・四一六ミリリツトル)のメージヤーカツプが使用されており、これで計ると、ウイスキー類は、通常一本の容量が七二〇ミリリツトルであるので二五・三杯、トリスは、一本六四〇ミリリツトルであるので二二・五杯、サントリーV・Oは二六杯、ジンは三〇杯が採取可能杯数であり、業界では、計り洩れによる欠減を見込んでそれよりも一杯を控除した数字をもつて採取杯数としていることが認められ、右認定に反する証拠はない。されば、別紙一表(一)記載の採取杯数は、右業界におけるそれを下回るものであるから、原告の店舗において現実にメージヤー・カツプを使用していなかつたとしても、また、同表記載の採取杯数が「ハレム」と「洋酒天国」とで異なつているとしても、それをもつて酒類の売上金額算出の根拠としたことを論難するのは当らないものというべきである。
なお、カルピスについてみるのに、いずれも成立に争いのない乙第三ないし第五号証および前掲証人の証言によれば、カルピスは、五、六倍に薄めて飲用するものとされているので、グラス一杯(一八〇ミリリツトル)当りのカルピス使用量三〇ミリリツトルでカルピス一本容量六三三ミリリツトルを除した二一・一杯が採取可能杯数であることが認められ、右認定を左右する的確な証拠はなく、別紙一表(二)記載の採取杯数は、右の数字を下回るものであるから、被告がこれをジュース類売上金額算出の根拠としたことは、合理的でないとはいえない。
(ハ) さらに、原告は、つまみの差益率算出の根拠となつた三日間の売上金額が高きに失するので別紙一表(三)記載の加重平均値四・七六も実情に合わない数字であると主張する。しかし、証人外山一弘の証言によれば、右三日間におけるつまみの売上金額について、原告主張のごとく、右期間が年末のボーナス時期に当るということから特に単価が引き上げられたという事実はなく、却つて、その単価が相当長期間にわたつて使用されている原告店舗の価格表の金額と一致することが確認されたこと、また、業界では、通常つまみの差益率を五・〇とされていることを認めることができ、右認定に牴触する原告本人尋問(但し、第一回)の結果は、前掲各証拠にてらしてにわかに措信しがたく他に、右認定を覆えすに足る証拠はない。
されば、原告の本件係争年度における所得金額は、被告主張の売上金額四、五五一万九、九二七円から前記認定に係る二五万八、九四五円を控除した四、五二六万九八二円をもつて売上金額としたうえで、前記認定の算定方式に従つて算定した四三六万二、四六三円であるというべきであるが、本件更正処分における所得金額三二九万七、七八九円は、右金額を下回ること明らかであるので、原告の本訴請求は、その理由がないことに帰着し、所詮、棄却を免かれないというべきである。
よつて、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡部吉隆 裁判官 園部逸夫 裁判官 竹田穣)
別紙一
売上金額算出表
<省略>
別紙二
正誤表
(一) 酒類
番号 種別 修正前(円) 修正後(円) 備考
四四、九八二 四四九、八二〇 位取りの誤り
4 サントリー白 四五、三六〇 四五三、六〇〇 〃
17 ポートワイン 九、〇〇〇 八、〇〇〇 積算の誤り
64 V・S・O・P 四、五〇〇 四、〇〇〇
(二) ジュース類
営業所 種別 修正前(円) 修正後(円) 備考
ハレム カルピス 二一、〇〇〇 二一〇、〇〇〇 位取りの誤り
洋酒天国 カルピス 一三、〇〇〇 一三〇、〇〇〇 〃
別紙三
控除明細表
<省略>
別紙四
欠減金額の内訳表
項目 年間仕入本数 欠減割合(%) 欠減本数 売上単価(円) 欠減金額(円)
ビール「ハレム」 二九、〇六四 一・〇 二九〇 二〇〇 五八、〇〇〇
一三、一七六 一・〇 一三一 二五〇 三二、七五〇
ビール「洋酒天国」 四四、六九九 一・〇 四四六 二五〇 一一一、五〇〇
(合計) 八六、九三九 二〇二、二五〇